哲学の道 初夏 紫陽花

哲学の道保勝会(てつがくのみちほしょうかい)とは

琵琶湖疏水分線は、灌漑や防火用水、水車動力として活躍しましたが、その後農業の変化・工業の進歩によって、その役割の多くは失っていました。1968(昭和43)年、京都市から疏水分線をつぶして道路にする計画が発表されました。これに対し地元住民の中で、環境破壊を許さず、疏水と桜並木を残すことで、景観と住民の健康・安全を守ろうという運動が起きました。 1969(昭和44)年に「哲学の道保勝会」が発足。「保勝」とは、「景勝地の保全」という意味です。 会は、哲学の道沿いの風致維持・改善活動(倒木の除去や案内標識の設置など)、地元小中学校への講師派遣やガイド、桜・紅葉情報の提供、春と秋を中心に哲学の道の大掃除、「桜まつり」の開催などにとりくんでいます。

哲学の道と保勝会の歩み

1890(明治23)年 琵琶湖疏水・疏水分線竣工
1921(大正10)年 橋本関雪さん・よね夫人が染井吉野300本寄贈(関雪桜)
1927(昭和 2)年 松ヶ崎上水場完成(鹿ケ谷通り~白川通りに飲料水用の導水管埋設)
1968(昭和43)年6月 京都市から疏水分線を埋め立てて道路にする計画が出される
また、松ヶ崎浄水場の拡張に伴いもう1本新しい導水管の埋設計画も出される
1969(昭和44)年 住民による景観保全運動が起こる。「哲学の道保勝会」発足。
          京都市との交渉を続ける中で、住民の要望に沿った計画が決定(新しい導水管の埋設は疏水分線に沿って行うこと。疏水と桜並木を残し沿道を散策路として再整備すること)
1970(昭和45)年1月 京都市文化観光局に「哲学の道保勝会」として届け出、登録される
         5月 第1期工事(若王子橋から第2寺の前橋まで約680m)完成
         6月 京都市との交渉で「一般の自動車は通さない・道路舗装はしない」を確認
         11月 第2期工事(第2寺の前橋から浄土寺橋まで約1200m)完成
           (工事は、疏水の西側を水面幅で80㎝縮小し、口径1800㎜の導水管を疏水の隣に埋設。その上に桜並木と遊歩道=敷石の新設を行う。疏水東側の関雪桜は保存。西側車道は緊急自動車の幅を確保しつつ、一般車は通行規制、地元住民には許可証発行。この工事で現在の哲学の道の景観が完成する。その後車道舗装は直近住民の合意あれば部分舗装可能に)
1972(昭和47)年3月 「疏水散策路(哲学の道)の開通を祝う市民の集い」開催
           (主催:同実行委員会 協賛:哲学の道保勝会 疏水・白川を美しくする会)
         4月 古い導水管が破裂し錦林車庫付近が水浸しに(この導水管は現在不使用)
1974(昭和49)年 「第1回哲学の道散策の集い」開催(疏水・白川を美しくする会と共催)
1986(昭和61)年 「日本の道百選」(建設省「日本の道百選」選考委員会)に選ばれる
2013(平成25)年 「第40回哲学の道散策の集い」開催(今回をもって終了)
2014(平成26)年 哲学の道保勝会のホームページ公開
         「第1回桜まつり」開催(主催:哲学の道保勝会)

2017年2月1日 哲学の道保勝会 作成